狂言「昆布売」
シテ・山本則秀
アド・山本則俊
狂言「昆布売」は、休憩の後、まだ見所がざわついている中で始まるのだが、かつて拝見した「鎌腹」
同様、あっという間に見所は舞台に集中する。クライマックスは昆布売りの則俊さんが、大名の則秀さんの
太刀と脇差を奪ってしまい、昆布売りの呼び声を様々な節つけで強要する部分にあるのだが、そこに
至るまでの劇的な構成はまさに完璧で、全く揺ぎ無い。
実は私はあらすじも読まずに拝見したので、もっとあっさり落ちが着くものと思っていて、随分と
じっくりとした展開だなと思っていたら、遥かに長い話で、その演技上の設計の巧みさに気付いて
思わず唸ってしまった。話の顛末を知らない見所でも、自分が今どのへんに居るかがきちんと
把握できるように演じられているのだが、勿論、これは作品がすっかり文字通り「身について」
いないと不可能な事に違いないと思う。そうであってみれば「完璧」という形容もしたくなるのだ。
昆布を挟んだ棹や太刀、脇差といった小道具の扱いも、これも何時ものことながら些かも疎かに
なることない。太刀の持ち方がわからないと言って渋った挙句、奇抜な持ち方をして笑いを誘ったあと、
その割には見事な太刀捌きで大名を脅す落差も、そうした細部への配慮があってこそ効果を
産むのだろうと思う。刻々と移り変わる二人のやりとりの空気の変化は、それぞれが美しい型と
して表現される。太刀を持とうにも手が空かないという屁理屈さえ例外ではなく、見所が
滑稽味を感じるのは演技に対してではなく、演技が伝える「内容」そのものなのである。
それは、クライマックスの昆布売りの節付けについてもそうで、昆布売りに相応しからぬ
見事な節付けが行なわれればこそ、見所から自然と笑いが生じてくるのである。
昆布売りと大名のやりとりの間合いも小気味よく、素晴らしい盛り上がりの後急転直下の
幕切れになる。
実に見応えのある充実した上演で、気持ちよく帰路に着くことができた。(2007.12.20)
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