お詫びとお断り

2020年春以降、2024年6月現在、新型コロナウィルス感染症下での遠隔介護のため、公演への訪問を控えさせて頂いています。再訪時期は現時点では未定です。長期間に亘りご迷惑をおかけしていることにお詫びするとともに、何卒ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

2019年1月27日日曜日

ハゲマス会「第20回狂言の会」を観て

「三番三」山本則俊・山本凛太郎・笛 松田弘之・小鼓 住駒充彦、森貴史、曽和伊喜夫・大鼓 佃良勝
「しびり」山本泰太郎・山本則孝
「唐相撲」山本則秀・山本則重・山本東次郎他・笛 松田弘之・小鼓 住駒充彦・大鼓 佃良勝
2019年1月20日(日)川崎市麻生文化センター

1年あけて2017年の第19回に引き続き「ハゲマス会」の公演を拝見した。今年もまた天気にも恵まれ、行き帰りとも徒歩で会場との間を行き来する。前回も書いたことだが、1年が経つのはあっという間でも正月の日々の歩みは遅々としたものに感じられ、今回は例年に比べて早めの下旬初めの開催にも関わらず、年明けが遥か彼方のことのようにさえ思われる。だが、この会に足を運ぶ と、改めて年が明けたのだという実感が改めて湧いてくるのは、一つには私が舞台を拝見に足を運ぶ機会が限られているからに過ぎないのだが、結果として季節の巡りと催しが分ち難く結びついているのは、それでも都合がつく限りは毎回拝見させて頂いていからに違いない。思い起こせば最初に足を運んだのは第7回の2004年のことだから、もう15年が経過していることになる。実はこの時は例外的に5月の公演であったのだが、この感想を書くまでそのことは全く失念していて、正月の行事になっていることを実感する。かてて加えて今回は20回目の記念の会、更にはご自身の喜寿を記念されて則俊さんが「三番三」を舞われるということもあり、より一層改めて年の初めの区切りを確認する感覚が強い。

則俊さんの「三番三」を拝見するのは二度目、前回もハゲマス会で、6年前の2013年、その折は第15回に古希の記念に舞われたのだった。囃子方は 松田弘之さんの笛、鵜澤洋太郎さん、古賀裕己さん、飯富孔明さんの小鼓、佃良勝さんの大鼓であったから、笛と大鼓は今回も同じ。それ以外に実演に接したのは「翁」の一部として二度だけなので、こうして同じ演者による再演に接することが出来ることは本当に有難いことだと感じられる。更に言えば、松田さんは私が最初に「翁」を拝見した時に笛を吹かれているし、佃さんは、私が能楽堂に繰り返し足を運ぶきっかけなった川崎能楽堂の「阿漕」以来(ちなみにいずれもシテは香川靖嗣さん)で、この15年くらいの間にお二方の名演に何度も接しているだけに、節目となるこの機会に聴かせて頂くのは一層感慨深いものがある。

「三番三」は私にとっては儀礼なので、その演技について述べるようなことは基本的にはないのだが、松田さんの最初の笛の一閃から最後まで、澄み切って、力感に溢れ、それでいて自在で、仮設の舞台に、果てしなく広大な空間が出現して、その空間そのものが生き物のように刻む脈動に引き込まれるような圧倒的な経験であった。とりわけ今回は籾の段の、貯められた力がぶつかり合って上に向けて解放されるエネルギーの凄まじさと、鈴の段の麗々しい軽やかさの対比が一際鮮やかに感じられ、「翁」が千歳の舞に先立たれるように、「三番三」もまた、面をつけない籾の段と黒式尉による鈴の段は起源においては別の舞手の交替による舞ではなかったかということをふと思ってみたりもした。

「三番三」というのは何も狂言に限られるわけではなく、例えば文楽のように人形によって演じられたりもするし、民俗芸能のようなかたちであちこちに残されていると聞く。元々の形態がどうであったかとか、どれがそのオリジナルの形態を留めているとかいった点については詳らかにしないが、今回改めて拝見して感じたのは、恐らくはそうした様々な上演形態の中で最も洗練され、格式あるものであろう山本家の上演の裡にこそ、その原初に備わっていた呪的な力が純粋に、強烈に感じ取れるのではないかということであった。芸術ではない祭祀ということになれば、正確に間違いなく演じることは大切であっても、上手下手は問題にすべきではないのであろうが、それでもなお、その上演に対する姿勢、心の持ち様といったものは上演に紛うことなく刻印されるし、見所にはそれが直接に伝わってくる。道元の禅には修証一等という言葉があるそうだが、思わずその言葉が思い浮かぶ。何かを表現するとかといった恣意を超え、無心に演ずることそのものの裡に出現するものを受け取るべく、見所もまた無心となる、得難い経験をさせて頂いたように感じる。喜寿を迎えられる則俊さんにはますますお元気で、舞台を勤められることをお祈りせずにはいられない。こちらも一番一番、大切に拝見しないとならないという気持ちを新たにした上演であった。

休憩の後は、こちらは狂言らしい狂言である「しびり」が演じられる。仮病を装う泰太郎さんの太郎冠者と、それに気付いて遠回しに窘める則孝さんの主人の心の動きは、ここでも型によって鮮明に表れる。思えば不思議なことだが、恐らくは写実的に痛いふりをしても、これほどのおかしみは出てこないのではないか。硬さも取れ、呼吸にゆとりも出来て、泰太郎さん則孝さんの持ち味のようなものが曲調にマッチして、おかしみという点で出色の舞台となったように感じられた。

番組の掉尾を飾るのは、長さも一時間に及べば、舞台に登場する人間も、皇帝役の則秀さん・相撲取りの日本人役の則重さんに遁辞の東次郎の御三方を除いても20名を超し、更に囃子が付くという大曲「唐相撲」。これも第12回で拝見しているから二度目となる。今回は記念の会ということで取り上げられたのであろうが、どちらかといえば余分なものを削ぎ落としていく行き方をとる山本家が、このような狂言らしからぬ過剰さを備えた作品をも大切にされ、折りにふれ上演されるのは意外な感じもする。だがしかし流石と言うべきか、以前拝見した時も感じたように、その結果は、やや冗長の感を免れない作品を緊張を切らすことなく演じ切り、みおおせてしまう、絶妙な均衡の感覚である。

それとともに今回思い浮かべたのは、作品の設定とは向きが逆になるが、外国人の横綱がすっかり定着してしまった近年の相撲のことであったり、これまた近年の事だが、インバウンド需要の急激な拡大により都心ではすっかり定着してしまった感のある、外国人が街角に溢れる光景であったりした。我々はそうしたことを短期的な変化として感じるのだが、実際には外国との交流は昔から当たり前のことだったに違いないし、更に遡って、そもそもが日本に固有と思われるものも、元は外国から摂取したものであったり、何重にも重なる基層の上に外から加わった異質なものが時を経て基層の一部となったものに過ぎなかったりするのであるのだが、そうしたことを思いおこさせるという点では、誠に時宜に適った上演であるようにも感じられた。

最後になったが、2年前の前回までは開会の挨拶に立たれていた森宮先生の姿がなく、宮川さんが代表としてご挨拶をされていて、そのことが今回最大の驚きであったかも知れない。職業としてではなく、別に専門の職をこなしつつ、その傍らでこのような催しを継続して運営することがどんなに大変なことか、近年とみに痛切に感じられてならない。都合がつく限りは今後も引き続き拝見しようと思いつつ、主催者の方々、後援者の方々、山本家の方々への謝意を記して、この感想の結びとしたい。(2019.1.27公開)

2018年10月8日月曜日

「第15回香川靖嗣の會」(喜多六平太記念能楽堂・平成30年9月15日)

「鐘の音」
シテ・山本則俊
アド・山本秦太郎
アド・若松隆
「第15回香川靖嗣の會」(喜多六平太記念能楽堂・平成30年9月15日)

山本則俊さんの「鐘の音」は以前に拝見したことがあると思って調べてみると、まず2年前の同じく秋の「第15回香川靖嗣の會」がそうであった。実はそれに先立って、その年の初めにハゲマス会主催の「狂言の会」も拝見しているから今回は3回目ということになる。前回は「遊行柳」の前という番組であった。今回は後に「天鼓」が続く番組。別に記した「天鼓」の感想でも書いた通り、今回は、音、音楽に纏わる狂言と能でプログラムが統一されていて、しかもいずれも音楽の持つ呪術性、祝祭的な性格を扱った作品、実際の舞台も演じるのは、狂言の近代的な意味合いでの「劇」としての「演技」は無論のことだが、何よりその謡と舞の卓越がまさにこの曲にうってつけの山本則俊さんと、こちらも人間ならぬ精霊を演じ、更にはその無心で透明で自在な舞を舞うのにこれほど相応しいシテはいない香川靖嗣さんのお二人であれば、素晴らしい舞台となること間違いなしとて目黒の舞台に足を運んだのだが、実際に舞台に接すれば、そうした期待を遥かに上回る素晴らしさであった。ここでは「鐘の音」について記しておきたい。

*   *   *

同じ則俊さんがシテであるけれど、今回はアドが泰太郎さんと若松さん。2年前は主は同じ泰太郎さんで、仲裁役の隣人が則重さんだった。ちなみに「狂言の会」では主が則秀さんで隣人は今回と同じ若松さん。こうしてアドが少しずつ変わることで、曲全体の趣が万華鏡のように変わるのを味わうのも得難いことである。役の性格が演者の個性に応じて変わるのもそうだが、詞のやりとりの呼吸もまた、高度に様式化されつつ、決して一通りではない。寧ろ山本家の狂言が高い様式性を持つが故に、そうした呼吸が演者により、あるいは回を重ねる毎に異なっていることが鮮明に浮かび上がるようにさえ思われる。

今回は若松さんの隣人が主と太郎冠者の間を往来しつつ、両者をとりなして最後に鐘の音を寿ぐ仕方舞に繋げていく、その足取りの落ち着いて、誠実さを感じさせるのが印象的であった。勿論、もっと余裕に満ちて、主と対等の立場で、自らが結末へのリズムを作り出すような行き方もあり、前回の則重さんはまさにそのような感じだったが、今回の若松さんはまさに主旋律で主題が回帰するのを準備する対旋律かゲネラル・バスの如く、自律的で主張もありつつも、後にくる結末を準備するような手応えの演技であるように感じた。

そして勿論、こちらは3回とも同じ則俊さんのシテはといえば、こちらもまた、ある面では既視感を覚える程に高度に完成されていながら、場面場面の間合いや筋の運びの緩急は自在で、毎回初めてみるような新鮮さに満ちているという、一見したところ矛盾しているように思われかねないことが、現実の舞台では自然に実現されていることに驚く他ない。

前半の寺巡り、鐘巡りはいわゆる独り舞台で、変奏曲のように繰り返し、寺を訪れて境内の様子、鐘の在り処を描き、鐘の音を確かめる過程を経て鐘の音の模写に至るまで全て一人でこなすのだが、その自在さは何度観ても息を呑むばかりである。今回は、金子先生の事前の解説もあって、後が「天鼓」ということをこちらが意識したこともあってか、割れ鐘にいきあたれば、祝言に相応しくないと反応するなど、「付け金の値」を「撞き鐘の音」と勘違いしていてはいても、自分の与えられた使命の目的がつまるところ祝言にあることは過たず把握されていることが伺えるところなど、太郎冠者の気持ちの一貫性が強く感じられた。

そしてその気持ちの一貫性があればこそ、勘違いに気付いた後、途中大名と一悶着起こしても、最後の仕方舞に至る迄、一本の筋が通って、全体が実にすがすがしく心の籠った、祝言に相応しい舞台となるのであろう。作品の内側の、そうした太郎冠者の気持ちと、それを演じる則俊さんの、己を無にして謡い舞う姿が重なった時、続く「天鼓」の舞台でも起こった、作品の内側と外側が合さって、祝言が作品の内側のものに留まらず、その日の舞台での上演そのものが祝言であるという、能狂言にとっての本質が立ち現れていることに感動せずにいられない。無心さは太郎冠者のものであり、同時に則俊さんのそれに外ならず、それは続く能でも同じであり、それがこの日の舞台を際立って感動的なものにしていたように感じる。終曲後、演者がいなくなって、見所の拍手が響くばかりであるかに見える何もない舞台が、だけれども、このような舞台の後では普段とは異なった位相にあるように感じられる。開演前に戻り、日常の延長が再開されるのではないのだ。そしてそのような空気の中で「天鼓」が始まることが、どんなにか素晴らしいことであるか。

今回感じたことのそれぞれは、勿論個別には前回も、最初に拝見したときにも感じたことには違いないのではあるけれど、前回から2年を経て改めて拝見して、今回一際強く印象に残ったのは、太郎冠者の無心さであり、則俊さんご自身の無心さであった。そうした無心さこそが祝言の場を可能にする条件であるに違いなく、更には山本家の狂言の持つ高い様式性は、その境地にアクセスするためのきっかけであり、それを保持する容れ物のようなものなのではないかということさえ感じたのであった。

*   *   *

3回目の「鐘の音」もかくの如く素晴らしい舞台で、まさにこの曲が則俊さんの至芸を味わうという意味合いにおいても最適の作品であることは疑いを容れないことのように思われる。特に今回何よりも印象に残ったのは、私はそれでもやっと3回目だが、恐らくは何度となく演じられ、すっかり手に入っている筈の曲を演じる、その円熟の一方で、常にその時一度きりの新鮮さを喪わないことであり、恐らくはその印象を支えているに違いない、無心さと、それが切り開く無限にも感じられる晴れやかな空間の広がりであった。得難い経験をさせて頂いたことに対して感謝しつつ感想の結びとしたい。

2017年1月30日月曜日

ハゲマス会「第19回狂言の会」を観て

「今参」山本則秀・山本凛太郎・山本則重
「八句連歌」山本東次郎・山本則孝
「菌」山本則俊・山本泰太郎・山本凛太郎・武田泰我・武田空我・森田惇之介・八角拓実・岡本浩太郎・伊藤慶太・水木武郎・山本則重

2017年1月22日(日)川崎市麻生文化センター

昨年に引き続き、「ハゲマス会」の公演を拝見した。天気にも恵まれ、行き帰りとも徒歩で会場との間を行き来する。今年は4日から仕事、かなり色々な出来事があって、なかなか1か月が経たず、新年の催しという感じは個人的には霧散してしまっていたけれど、拝見してみれば、そこには身辺の折々のリズムに捉われない、もっと大きなリズムがあることを感じ、我に返ったような気持ちにさせられた。狂言のような伝統芸能は、寧ろ、季節の循環のような自然の秩序により近しいものと感じられる。能とは異なって非日常の出来事が語られる訳ではなくとも、そこには、日常を描きながら、日常の向こうにある何物かを垣間見させる働きが、狂言にはある、少なくとも山本家の狂言にはあるということを認識させられずにはいられなかった。

「今参」は、今や若手というのは最早適切ではないかも知れないが、則重さん、則秀さんの兄弟に、彼らにとって甥にあたる凜太郎君による上演。この作品、大名が家来を抱えようとするという、ありがちなパターンで始まるが、烏帽子を付けて演じられ、物尽くしのような言葉の芸が披露され、寧ろ「言葉の力」に纏わる祝言の色彩が濃厚である。

ということは、ある時は機知に富み、ある時にはどこかとぼけたやりとりに対する笑いも、それ自体どこかで呪術的な、祝言としての側面を帯びていく筈であるのだが、そうした側面を上演の流れのうちに浮かび上がらせていくことは、山本家の狂言ならではのものとはいえ、一朝一夕で達成できるものではあるまい。

前半の則秀さんの大名と凜太郎君の太郎冠者のやり取りなどは随分と自然に会場の笑いを惹き起こすものであったし、後半も則重さんの新参の者の、言葉による芸尽くしも見事なものであったけれど、それらが溶け合って、全体がまるで音楽のように有機的に浮かび上がったとしたら得られたであろう、圧倒的なカタルシスには至らなかったのは、贅沢な望みかも知れない。

概して祝言の曲は手強く、それを思えば大健闘と感じられたが、いつの日か、その時には最早若手と呼ばれることはあるまいが、そうしたカタルシスを感じられるような上演に至る日が来ることを期待したい。

「八句連歌」では、うって変わって東次郎さんの熟し切った境地を目の当たりにすることになる。
益々お元気のご様子で何よりだが、それでも随分とお歳を召されたな、と思わずにはいられない。だが実際に舞台に接して受けた印象は、そうした感慨とは正に反対のものであり、大いに驚くことになる。

もともと山本家の中でも、(勿論、そうした側面に欠けるというのでは決してないが)剛直さや絢爛さよりも洒脱さ、都会的な洗練、飄々としたかろみが東次郎さんの舞台では強く感じられたのだが、この日の舞台は、まるで、自らが築き上げ、守ってきた枠組みを撓ませ、軋ませんばかりの、何か迸るような表現意欲のようなものが感じられて、圧倒された。もしかしたら、人によっては自在の境地、自由闊達の飄逸と受け止めたかも知れないものが、私には、ある種の凄味として感じられたということなのかも知れない。

詞ですらない発声、ちょっとしたしぐさや表情が凄まじいばかりの表現意欲を帯びて、会場の反応を引き出していくのは圧倒的だったが、まさに独自の芸境とでもいう他ないものに接して、私個人としては、拝見して、笑うことなどできなかった、というのが正直な印象である。

一方で、そうした東次郎さんの演技の強度によく拮抗し得た則孝さんも見事で、進境を感じられた。

休憩をはさんで、最後は「菌」。キノコを演じる、笠を被った大勢のアドが舞台の上を動き回る賑やかな作品で、ある意味で番組の掉尾に相応しい。

だが、それよりも鮮やかなのが、則俊さんの山伏が最早これまでと、調伏を止めて逃げ出す間合いの確かさであり、実際には自信過剰の山伏の疑わしい法力に対する揶揄が含まれているであろう作品の鋭い諷刺を表現するのではなく、聴き手の心に訴え、乱すのではなく、様式的な美しさと均整を損なわずに、それらのもたらすリズムの鮮明さの余韻として見所の心に残していく演技の冴えは、圧倒的なものであった。作品の長さとしては聊か短めなのであるが、「序・破・急」のリズムも明確で、番組全体の中においてもまさに「急」として、番組の締めくくりに相応しいものと感じられた。

順序が逆になるが、それは一方で、前半の能がかりの荘重な謡の見事さがあればこそであって、とりわけてもこのような重厚で、格調の高い謡もまた則俊さんならではのもの。続く最初の祈祷では、一旦はくさびらは退散したかに見えるのだが、出だしの謡は勿論のこと、東西南北の明王の名を唱えるところなど、筋書きを知っていてもなお、さもありなん、と、見所にさえその法力の功徳をうっかり信じ込ませかねないような謡と所作の型の力があってこその結末であることを忘れてはなるまい。

ところで冒頭に書いた、その折々に卑小な自分のような存在が巻き込まれて右往左往することを余儀なくされる日常の些事とは異なる、より大きなリズムの印象は、勿論、番組を通しての印象には違いないのだが、ひときわ優れて、この「菌」の上演の余韻がもたらしたものであるのかも知れない。現代にもなお跋扈する怪しげなその類の商法に対するそれにも繋がるのであろう諷刺の鋭さはそれとして、もしかしたら、実際に功徳のないわけではない法力さえ及ばない力があるのだということをも、あの結末は示唆していたのではないか。

祝言性の強いものは勿論だが、そうではない作品においても、どこかで人間の力を超えた秩序というものの在り処を指し示し、観る者の不安と驕慢の両方を正すような働きを、狂言の作品は備えているのではなかろうか。実際のところメンタルにもフィジカルにも余裕ある状態で拝見できたわけではないのだが、寧ろそれだけに、そうした狂言の力というのを感じさせられた。単なる娯楽ではなく、今尚、どこかで人間の力を超えた力に対する奉納の儀礼のような側面があればこそ、山本家の狂言を拝見し続けているのだということを改めて確認したように思うのである。

最後に19回の長きに渉り、そのような貴重な場である会を企画・運営されてきた森宮先生を初めとする主催者の方々、後援者の方々、山本家の方々への謝意を記して、この感想の結びとしたい。(2017.1.30公開)

2016年9月18日日曜日

「第11回香川靖嗣の會」(喜多六平太記念能楽堂・平成28年9月3日)

「鐘の音」
シテ・山本則俊
アド・山本秦太郎
アド・山本則重


毎年春に開催される「香川靖嗣の會」が今年は秋にも催されるということで目黒の舞台を訪れた。 能の演目は「遊行柳」、前に狂言「鐘の音」が演じられたが、こちらもまた川崎の「佐渡狐」に続けて 山本則俊さんの圧巻の舞台が拝見できたので、以下に感想を記しておきたい。

*   *   *

実は「鐘の音」については今年の年初、久しぶりに拝見することが叶ったハゲマス会主催の「狂言の会」にて、 まさに至芸と言うほかない、則俊さんの素晴らしい舞台に圧倒されていて、今回は二度目となる。 以前も「鎌腹」で、やはり狂言の会と能の会で続けて接する機会があり、この時も圧巻であったのだが、 「鐘の音」についても同様の幸運に巡り合せることとなった。

「狂言の会」ではアドの主が則秀君、隣人が若松さんであったのが、今回はそれぞれ秦太郎さん、則重君という 配役、主に鎌倉で「付け金の値」を聞いてくるように命じられたのを、則俊さんの太郎冠者が「撞き鐘の音」と聞き違えて、不審に思いつつも鎌倉中を巡って、最後に建長寺に到るまで、幾つかの鐘を聞いて回るのが前半、その後主のもとの戻ってからの顛末が後半という筋書きの話で、隣人は後半、聞き違いによる 失態を犯した太郎冠者と主の間に入って仲裁をする役どころである。

順番は逆になるが、この則重君の演技が素晴らしく、聞き違いが原因で生じた緊張を鮮やかに解決し、 最後は太郎冠者の舞による祝言で終わる作品における転回点を見事に捉え、転調をもたらしたその演技には 風格さえ漂ってきているように感じられた。

前半は実質的には則俊さんの一人舞台。訪れた寺の描写と鐘の音の表現の演じ分けが圧巻であるのは 前回と同じ。今回は最初の解説で金子さんが鐘の音の擬音語について特に言及されていたが、 撞木が括りつけられて撞けない鐘を石を投げて鳴らしたり、寺僧が撞く鐘を聞いてみたりといった 変化を、何もない舞台で、小道具もなしに、完璧な間合いと詞の調子だけで演じ分けて行くのは、 圧巻の一語に尽きる。前回は初めてということで次々と繰り出される変奏に驚いていたのに対して、 今回は筋書きは既に知っている。だが寧ろ、それゆえに一層、その凄みは感じ取れる。 とりわけても今回は能の会だからということもあってか、演技を支える緊張感が一層高いように感じられ、 その気魄に圧倒されることしきりであった。そうした高い緊張感があって初めて、緩急の自在さによって、 ある瞬間には、ふと抜けた、とぼけた味わいで笑いを誘うこともまた、可能になるに違いないのだ。
*   *   *

だがこの日の圧巻は、末尾におかれた則俊さんの祝言の舞であった。これもまた金子さんのお話の中に 言葉の取り違いを素材とした作品はあるけれど、これ程のものは見当たらないといった言葉があったが、 舞台に接して見ると、言葉の取り違えが惹き起こすハプニングを素材としつつ、そうした取り違えさえもが、 結局は祝言に繋がるという筋書きを通し、狂言という様式そのものの在り方が、つまり、 ちょっとした取り違えや行き違いが惹き起こす、客観的には滑稽でさえある状況を通して、 そういう仕方でしか浮かび上がってこない或る種の真理のようなものを控えめに指し示すという 在り方が、この上ない説得力を持って感じ取れたように思えるのである。狂言の作品には、 もっと物語的な幕切れを持つものも多くあるけれど、それらもまた、暗黙の裡に略されてはいても、 本当はこの作品のように、祝言が付けられているのではないかというように感じられたのである。

そしてまた更に、これは些か突飛な連想になるが、それに関連して思い当たったのは禅の公案の ことであり、或はまた、経典や公案の定まった解釈をあえて揺すぶることで自分が見出したものを 伝えようとする「正法眼蔵」の道元におけるような言葉に対する姿勢であった。勿論、 これは実証的な関係についての話ではないのだが、裂帛の気と自在さとを合わせ持ったこの日の 則俊さんの芸境に接して、どこかで禅の世界に通じるものがあるのではないかという印象を 強く抱いたのである。(2016.9.18公開)

「第108回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成28年8月6日)

狂言「佐渡狐」
シテ・山本則俊
アド・山本則秀
アド・山本凛太郎


川崎能楽堂を訪れるのは1年ぶり。今回同様、前回も喜多流の香川靖嗣さんの演能との組み合わせで 「口真似」を拝見したが、今回は「佐渡狐」。「佐渡狐」については山本家の方々の演じた素晴らしい 舞台を何度か拝見しているが、今回は奏者の則俊さんに若手が越後と佐渡の百姓を演じる配役。 どんな舞台になるかと楽しみにしつつ足を運んだが、期待通りの揺ぎ無い様式の美しさの中に、 則俊さんの、最早名人芸と呼ぶほかない円熟の芸と瑞々しく快い緊張感の中を自由闊達に役を演じる 則秀君、凛太郎君の演技が絶妙のバランスを保つ素晴らしい舞台であった。

*   *   *

前半は若手2人演じる佐渡と越後の百姓のやりとりで話が進んでいく。山本家の狂言の持つ 繰り返しと対称性の美しさは勿論だが、同時に2人の性格付けには微妙なずれが仕組まれていて、 最初は仲良く話していたのが、ふとしたはずみで自尊心に捉われて思わず嘘をついてしまうと、 奏者を巻き込んでまでそれを通そうとする佐渡の百姓に対して、こちらも悪意はないのだが、 相手がそうならとこちらも思わず張り合ってしまって一旦は脇差を奪われてしまう越後の百姓の それぞれの性格づけの対比も、則秀君と凛太郎君の配役のバランスの良さもあって、 巧まずして鮮明に描き出されていたように思われる。

だが、演技の様式的な要は、物語の筋書きからすれば脇役と取られかねない奏者なのであって、 奏者の前に2人が出ることによって、それまでは不在の中心を巡ってバランスが保たれていたのが、 確固たる中心を軸にした配置に変化する。 この作品の構造上のピーク、折り返し点は、佐渡の百姓が奏者に袖の下を渡すところであろう。 此処はいわゆる「笑いを取る」という点でも頂点なのだが、確実に見所を心を捉えつつ、 後半へと場面を折り返す則俊さんの演技は、息を呑むほどの見事さ。則俊さんの奏者は、 人によっては「はまり役」という形容をしたくなるであろう程に素晴らしく、何度拝見しても 飽きることがないが、特に今回は飄々としていながらも、一点たりとも揺るがせにしない その磐石の演技によって、上演に一本芯が通っているのだということを認識させられた。

後半は一転して、狐のなり格好に関する滑稽な問答を軸に一気に進んでいく。ここでも 越後の百姓の問いに対して、事前の入れ知恵の甲斐なくおろおろする佐渡の百姓に対して、 最初は無言で所作をもってヒントを出し、最後には囁いて答を教える奏者が中心となって 生み出されるリズム感が素晴らしい。意外の決着に一旦は落胆して脇差を奪われてしまう 越後の百姓が、奏者が去って再び2人だけの舞台になってから、最後に謀って狐の鳴き声を 問うことで急転直下、脇差を取り返して足早に舞台を去っていく転換の鮮やかさもまた、 あたかも意外な調性に転調したまま終わるかに見えた音楽が、急転直下、最初の調に戻って 終結するのを聞くような音楽的な快さで、若手2人の芸の進境を感じずにはいられなかった。

*   *   *

いつもながら、山本家の狂言特有の、様式化された所作や詞の繰り返しのリズムの美しさ、快さ、 鋭く人情の機微や心理の綾を抉り出しつつも、祝言としての性格を決して喪わなず、晴朗な均整感によって 見所の心を満たす演技に接して、心洗われる思いがする。残念ながら多くても年に数度という頻度では あるけれど、10年以上の長きに亘り続けて拝見させて頂いて、芸が世代間を引き継がれていくプロセスに 立ち会うことができるのも、思えば貴重な事であろう。何しろそうやって、私個人の寿命よりも遥かに 長く受け継がれて来たし、これからも受け継がれていくであろう、その一端に触れることが出来て いるのだから。今回はとりわけても、これからも機会があればその舞台に接して行きたいという気持を 新たにした上演であったと思う。(2016.9.18公開)

2016年2月6日土曜日

ハゲマス会「第18回狂言の会」を観て

「伯母ヶ酒」山本泰太郎・山本凛太郎
「鐘の音」山本則俊・山本則秀・若松隆
「止動方角」山本則重・山本則秀・山本則俊・山本凛太郎

2016年1月24日(日)川崎市麻生文化センター

日程が合わずに2年程ご無沙汰していたハゲマス会を拝見しに、麻生文化センターを訪れる。
前回拝見して以降、それでも一昨年は「茶壺」、昨年は「口真似」と、年に一曲のみながら、山本則俊さんの狂言を拝見する機会はあり、ようやく今年は旧に復したことになる。残念ながら後の予定もあって、終演後の東次郎さんのお話は伺えなかったが、鮮烈で品格ある舞台に接して感銘を新たにしたので、以下に簡単ではあるが感想を残しておきたい。

「伯母ヶ酒」は酒に纏わる話で、酔いの表現が見物だが、泰太郎さんの演技は真に迫って酒の香が客席まで漂ってきそうなほど。凛太郎君の伯母の役も立派で進境を窺わせる。

「鐘の音」では、まさに至芸と言うほかない、則俊さんの素晴らしい舞台に圧倒された。

則秀君演じる主に鎌倉で「付け金の値」を聞いてくるように命じられたのを、則俊さんの太郎冠者が「撞き鐘の音」と聞き違えて、不審に思いつつも鎌倉中を巡って、最後に建長寺に到るまで、幾つかの鐘を聞いて回るのが前半、その後主のもとの戻ってからの顛末が後半という筋書きの話だが、まず前半は、則俊さんが訪れた寺の描写と鐘の音の表現の演じ分けが圧巻である。しかも単純に自分で撞いて比べるというのではなく、撞木が括りつけられて撞けないとなれば、石を投げてみたり、寺僧が撞く鐘を聞いてみたりといった変化もあり、それらを何もない舞台で、小道具もなしに、完璧な間合いで一人で鮮やかに演じ分けて行くのを拝見するのは、本当に素晴らしい経験だった。感想を書こうとしても、私の貧しい語彙では毎度同じ繰り返しにかならず申し訳なく感じられるのだが、とにかく音楽的といっていい、絶妙な間合いをもって自在な緩急によって浮かび上がってくる作品の構成の美しさ、詞や所作の細部の、これまた自在でありながら、決してバランスが失われることのない型の美しさは実に筆舌に尽くしがたい。これまでも、拝見したときの印象が未だに薄らぐことない素晴らしい舞台を幾つも見せていただいてきたが、その中に躊躇なく加えることのできる最高の舞台であった。

則俊さんだけではなく、曲頭のやり取りでは大名の則秀君の進境著しいのを感じたが、後半では更に加えて、大名と太郎冠者の間を取り持つ仲裁人の若松さんの演技が見事という他なく、バランスの点でも理想的な舞台であったと思う。

この番組は大名の息子の元服のお祝いに因んだ話だが、開会のあいさつの中で森宮先生より則重さんにお子さんが誕生されたとのお話があって、元服は些か気が早いかも知れないが、祝言としても相応しい舞台であったように感じられた。

休憩の後は「止動方角」。則秀君は休憩前に続けての大名、則俊さんも曲前半の伯父を演じ、凛太郎君は一番隔ててではあるが馬の役ということで、体力的には大変ではなかったかと想像するが、舞台はそうしたことを感じさせない、リズムと活力に富んだものであった。則重君の太郎冠者が則秀君の大名をやりこめるところも決して行き過ぎることなく、一方では所作だけで色々なものを表現しながら、なぜかわざわざ馬には役がついて、腹癒せとばかりに太郎冠者が唱える「止動方角」の呪文の度に馬から大名が振り落されるというのが繰り返されるので、舞台は動きの激しいダイナミックなものになるが、それもまた型付けされた所作によって決して雑然としたドタバタにはならない。幕切れも鮮やかなもので、舞台後半は、山本家の芸が世代を経て継承されつつあることを感じさせるものであったように思う。

特にこの2年ばかりは多忙のために、ハゲマス会に限らず、他のジャンルのものも含めて、ごく限られた催しにしか接することができなかったが、出来ることならもう少し拝見する機会を増やたいと思わずにはいられない、素晴らしい公演であった。演者の方々、そしてこの公演を運営されている方々に対する感謝の気持ちを述べて感想の結びとしたい。(2016.2.6公開)







2015年9月6日日曜日

「第105回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成27年9月5日)

狂言「口真似」
シテ・山本則俊
アド・山本凛太郎
アド・若松隆


能「藤戸」
シテ・香川靖嗣
ワキ・森常好
ワキツレ・森常太郎
アイ・山本則重
後見・内田成信・佐々木多門
笛・槻宅聡
小鼓・森貴史
大鼓・柿原光博
地謡・中村邦生・長島茂・狩野了一・友枝雄人・金子敬一郎・大島輝久


川崎能楽堂での観能は久しぶりのこと、番組は狂言「口真似」と能「藤戸」で、「藤戸」と言えば、 以前同じ舞台で別の流儀で拝見したのが唯一だが、その時の山本則俊さんのアイの演技が鮮烈な印象となって残っていた。 今回は香川靖嗣さんのシテで則重さんがアイを勤め、能に先立つ狂言のシテを則俊さんが勤めるという番組で、 これは見逃すことはできないと考えて訪れたのだが、期待に違わぬ素晴らしい舞台であった。 こじんまりとした川崎の舞台は、舞台と見所の距離が小さく、囃子の響きが空気を切り裂いて直接耳に届き、 通常より少ない6人の地謡でも迫力十分、 150席程度の見所は満席。途中休憩を挟まずに約1時間40分程の間、見所もまた、開演5分前にはほぼ着席して 静寂が保たれ、その後も終演迄緊張を切らすことなく舞台に没入する充実した時間であった。

*   *   *

狂言「口真似」では冒頭、お酒を貰った主が一緒に飲むに相応しい相手を太郎冠者に探してくるように言いつけるのだが、 命じられた太郎冠者の則俊さんが、他を探すまでも無く自分がいるではないかと言うところで早速見所に笑いが広がると、 後は巧みな間合いの詞の掛け合いのリズムに乗って話が展開していく。相手に相応しい条件について無理難題を 言われて考えあぐねた太郎冠者は知己であるらしい下の町の住人を訪ねて連れて帰る。若松さん勤める住人は 酒癖は悪いらしいのだが、素面では礼儀正しいという住人が来たと知って凛太郎君勤める主が、太郎冠者に、 自分の口真似をするように命じると、その後は太郎冠者の独擅場、自分に酒を持ってくるように命じられたのを、 口真似で客である若松さんに命じ、たまりかねて主が自分を叱責するのを、「言い付けの通り」口真似で客を叱責し、 というのが繰り返される単純なつくりの話だが、これが則俊さんを中心とした山本家によって演じられると、 極上の音楽を名人の演奏で聴いているかのような印象を抱くことになる。

場面場面の転換の鮮やかさ、全体の見通しの良さ、そして、口真似をするところは単に滑稽なだけではなく、 舞台を対称的に使った所作も含めた反復の美しさを備えているのである。 口真似が惹き起こすナンセンスな状況を見ながら、それがどこまで続くのかを見所は固唾を持って見守るしかないのだが、 絶妙の間合いで繰り返される口真似が一回、もう一回とナンセンスの度合いを高めていくのは、 名人芸という外、形容する言葉が思い浮かばない。
主に引き倒された太郎冠者が、止めを刺すように口真似によって客を引き倒して、主がそうしたように自分も 舞台を去ってゆき、最後に落ちをつけるように引き倒された客人が後を追って舞台を去っていく瞬間に、 酒に呼ばれたのに訳もわからないまま小突かれ、引き倒される、客観的に見れば不条理な状況に巻き込まれた 客人の寒々しさのようなものを一瞬感じさせつつ、けれども最後までテンポよくリズミカルに作品を閉じる 手際の鮮やかさは見所に圧倒的な印象を残す。

息をつく暇も無いその音楽的と形容するのが相応しい舞台に見所も引き込まれて、拍手が起きて 舞台上が無人に戻っても見所の緊張はすぐにはほどけず、次の番組である能のお調べが聞こえてきてようやく 空気が入れ替わるような感じであった。時間にすればほんの15分程度の小品であるが、狂言の精髄を観るかの如き 充実の時間で、拝見できたのが僥倖と感じられる素晴らしい舞台であった。顧みれば以前拝見した「鎌腹」の舞台以来、 幾度と無く経験してきてはいるのだが、その度に感動を新たにし、その芸の凄味さえ感じさせる切れ味の良さに 圧倒されるのである。初見の人でもこの一番を見れば狂言が如何に奥深く、完成度の高いものであるかを知ることが できようという素晴らしい上演であった。

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続く藤戸も冒頭の囃子とワキの謡による場面の設定がまず鮮明で、一気に作品の世界に引き込まれる。 ワキの盛綱が新領主として晴がましく藤戸に着くまでの駘蕩とし、光に満ちた春の空気が、 訴訟がある者は申出よと触れを出したあとの笛の一閃で空気がさっと変わり、 日が翳ったかのようにひんやりとしたものが舞台の上を流れ出すと、 幕が上って前シテの中年の女の登場となる。詞の上では老女となっているが、いわゆる姥ではなく、 だが面の効果も相俟って、その若さが寧ろ彼女の置かれた状況の苛酷さと憔悴の激しさを強調するかのようで、 俯き加減の面の表情は、彼女が単なる訴訟とは異なった決意を裡に秘めていることを感じさせずにはおかない。

最初は知らない振りをする盛綱も、追及の激しさに耐え切れず、 遂に自分が恩賞を受けた先陣の功と引き換えに行った非情の行為を語ることになるのだが、 ワキの森常好さんによる盛綱の心の動揺と変容の表現も明晰なら、嘆きと恨みが交替し、 悲しみに沈むかと思えば、ワキに詰め寄るようにして迫るシテの香川さん演じる女の心情の揺らめきの表現も克明で、 面が切られ、あるいは膝立ちのまま盛綱にむかってにじり寄り、最後には立ち上がって盛綱に迫って跳ね除けられて 安座してシオル型の一つ一つが、見る者の心に突き刺さってくるような鋭さを帯びているし、そのプロセスを 謡い上げる中村さん地頭の地謡も、緩急を大きくつけて心情の切迫と悲嘆の交替の激しさを感じさせて、 シテの感情を増幅して圧巻であった。

悔恨を新たにした盛綱がアイを呼んで、女を家まで送るように言いつけるとアイによる送り込みとなる。 則重さんのアイは同情に充ちた送り込みもさることながら、それ以上に、その後の盛綱への語りにおける、 身分の違いを超えて自分の気持を述べる気迫、正義感に充ち、物怖じしない堂々たる態度が印象的で、 数年前の則俊さんの、深い同情とやり場のない怒りがほとばしる裂帛の気を、今尚思い浮かべることのできる 圧倒的な送り込みとはまた異なった仕方で、見所の共感を呼びおこす素晴らしいものだったと思う。 藤戸のアイのやり方として、この山本家のやり方がどのように位置づけられるのか、知識のない私には詳らかにしないが、 いわば見所の代弁者のようにして舞台との紐帯となるこのアイの役割は、戦争状態における非戦闘員の殺害という、 決して遠い過去の物語の中でだけ起きているわけではない出来事を題材とする藤戸という能を特色づけるものとして、 更には、寧ろそうした題材がまさに今日の状況に対して強いインパクトを持つように思われるだけに、 それ抜きには考えられない程の説得力を備えたものに感じられる。

*   *   *

後場は一転して、夕闇が広がっていく中での管弦講の場面となる。囃子の表現はここでも素晴らしく、 太鼓が加わって、シテである漁夫の霊を呼び出していく。後シテの漁夫の霊は母親の年齢に対応するかのように 若く設定されていて、それだけに命を絶たれることになった彼の無念さが一層痛切に見所に伝わってくるかのようだ。

今回の上演で私が強く感じたのは、前場と後場の間に張り巡らされた連関で、 前場の母の嘆き恨みのエコーであるかのように、 漁夫の霊もまた盛綱に迫ってゆく様は、眼前には紛れもなく漁夫の霊が見えているにも関わらず、 記憶のどこかでそれが前場の光景と重なり合うかのようで、私は思わずワキがどのようにそれを受け止めているのかを 確認してしまった程であった。けれども今度は、殺害の場面を描写するのはワキの語りではなく、シテの所作であり、 圧倒的な表現力をもった地謡であって、思わず眼をそむけて天を仰ぎたくなるような鮮明さでそれは描写されるのだが、 ここでも幽かに前場でワキの語りに対して見せた前シテの母親の表情が二重写しになるのを感じずにはいられなかった。

上述のように、戦争が惹き起こす状況の非情さ、悲惨さを告発する能として、今回の演能は強い説得力を持つもの だったのだが、にも関わらず、今回の演能の圧巻はその後、後シテが恨みの頂点でワキに詰め寄ろうとした瞬間に、 まるで何かに撃たれたかのように或る種の相転移が起き、一転してシテが成仏していく、その劇的な転換に あったように感じられる。

変化する筈のない面の表情が一変し、それまで闇の中にあった舞台が一転してぼうっとした光に包まれたかのような 予期せぬ変化に私は圧倒されてしまった。勿論、詞を読めばそのようになっているのかも知れないが、聊か語弊のある 言い方を承知で言えば、この作品における成仏は、それ自体が奉納であり鎮魂である能という芸能の或る種の 約束事のようなものであり、特にこの作品の場合には形式的な結末には収まらない剰余があるという印象を 抜き難く持っていただけに、今回の演能の印象は一層圧倒的なものがあったのである。

それはシテの力量も勿論だが、まずもっては地謡の力によるものであり、またそれを支える囃子方の気迫に満ちた 演奏によるものであり、更には、前場におけるワキの心情の表出、アイのワキへの訴えといったものが、恰も背景を なすが如くに間接的に働きかけた結果なのは間違いない。仮にこの結末が能舞台の上で起きたヴァーチャルなものであると 割り切ったとしても、その力の凄まじさは圧倒的なものであって、能の上演が今尚、奉納や鎮魂といった力を 喪っていないことを目の当たりにさせられたように思うが、今回の演能はそうしたレベルを突き抜けて、 この能が扱っているような現実に対してどのように向き合うべきかについて、何か重要なものを与えてくれたように 感じられてならない。勿論それは、明確なメッセージの伝達が意図されたということではなくて、端的に優れた 上演によって浮かび上がってくるものであって、見所がそれぞれの文脈において受け止めるべきものなのだろうと思う。

年に一度二度の観能の機会しかなく、いわば万年初心者の私が、そもそもそれを充分に受け止めることが出来た筈は なかろうし、辛うじて受け止めたものすら、それを適切に言語化することが出来るとも思わないのだが、 そうした限界を承知の上で尚も強いて言うならば、ここで救いや赦しについて論ずることは一見容易に見えて、 実際にそれを実現することが如何に困難であるかということとともに、だがその困難さを正面から受け止めることの 裡にしか、救いや赦しの実現への可能性はないのだということを、頭での理解としてではなく、 全身で受け止めた実感とでも言う他にないものとして感じ取れたということであろうか。 奉納のおける鎮魂の祈りは赦しや救いに至る十分条件ではないけれど、祈り無くして赦しも救いもありはすまい。 芸能というのはそうした可能性の場を開き、見る者をそうした可能性にいざなうものなのではなかろうか。 能が持つそうした、奥深く、測り知れない力を改めて強く感じされられた観能であった。そうした得難い経験を 可能にしたシテの香川さんを初めとする演者の方々に感謝したい。

*   *   *

偶然にも私はこの半月くらいの間に、マーラー祝祭管弦楽団による「大地の歌」のコンサート、 三輪眞弘さんの「海ゆかば」の詞を題材とした作品「万葉集の一節を主題とする変奏曲」の再演、 そしてこの「藤戸」の演能と、それぞれ素晴らしい舞台に立て続けに立ち会うことができたのだが、 マーラーのコンサートはユダヤ人のホロコーストやアルメニア人ジェノサイドの記憶に関連付けられた ものであったし、三輪さんの作品ははっきりと太平洋戦争における「玉砕」と「特攻」を扱っていた。 それ以前から、戦争を知らない世代であることを自覚しつつ、太平洋戦争の回避と終結に向けての様々な人々の 苦闘の軌跡を辿り、他方でアッツ島、ペリリュー島、硫黄島、沖縄での「玉砕」を強いられた人々、 ニューギニアやビルマで直面した想像を絶する状況に立ち向かった人々、あるいは特攻に抗して戦うことを選んだ 人々の跡を辿る作業を自分なりの仕方で続けてきた。 そのせいもあってか、「藤戸」という能を「海ゆかば水漬く屍」という詞との連想抜きに拝見することが困難な 状態で私は今回の演能を拝見したのだが、そのこともまた、一層、今回の演能の最後に起きたことを何か不可能事が 実現してしまったかのような奇跡の出来として感じると同時に、そうした奇跡の起きる条件として、上記のような ことを感じることの背景となっていたかも知れない。

従って、こうした感じ方は私の個人的な文脈に基づいた主観的なものであるかも知れないけれど、 だからといって、受け止めたものの重みは聊かも減殺されることはないし、こうした受け止め方をした人間が 見所に居たということを書き留めておくことに何某かの意義がないこともあるまいと考え、客観的な観能の記録を 逸脱することを覚悟の上で、更には自分の受け止めたものの重みを担うことが自分の容量を全く超えたことで あることを認めた上で、そのことを書き留めておく次第である。(2015.9.6初稿)